道路の管理瑕疵が問われるときに問題となる『通常有すべき安全性』や『予見可能性』『回避可能性』『予算抗弁の排斥』などを判示した、国家賠償法第2条第1項の裁判例を紹介します。
高知国道56号落石事件
『管理瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいう』と判示され『通常有すべき安全性』という考え方が示されました。
また、『これに基づく賠償責任は、その過失の存在を必要としない』ことが判示され『無過失責任』が、対策に要する『費用の額が相当の多額にのぼり、その予算措置に困却するであろうことは推察できるが、それにより直ちに道路の管理の瑕疵によつて生じた損害に対する賠償責任を免れうるものと考えることはできない』ことが判示され『予算抗弁の排斥』が示されました。
高知国道56号落石事件 (最高裁判昭和45年8月20日)
○ 事故の背景
昭和38年(1963)。 国道56号は県央の高知市から県西の中村市を経て愛媛県松山市に至る国道で、高知市と中村市とを結ぶ道路の中で、唯一、大型車が通れた。 事故箇所は幅員6mの砂利道。 被害者は運転助手として雇われていた16才の男性。
○ 事故の概要
高さ200mに及ぶ急斜面の山の中腹を切り取って設置された国道で、自然風化と降り続いた雨が誘因となって、道路からの斜距離77mの箇所が崩壊し、20個ぐらいの岩石が道路上に落下した。 直径1mぐらいの岩石が貨物自動車にあたり、助手席に同乗していた被害者が死亡した。
○ 判決の要旨
道路の管理瑕疵とは、道路の管理の不完全により、道路が道路として通常備えるべき安全性を欠いていたことをいう(高松高判)。 これに基づく賠償責任は、その過失の存在を必要としない。
事故現場付近では、しばしば落石や崩土があったため「落石注意」の標識を立てるなどしていたが、防護柵や防護覆を設置したり、金網を張ったり、常時落下しそうな石を除去したり、崩土がおきそうなときに通行止めにする等の措置をとっていないので、本件道路はその通行の安全性の確保において欠け、その管理に瑕疵があった。
防護施設の設置に多額の費用を要し、その予算措置に困却するであろうことが推察されるが、それにより、道路の管理瑕疵による賠償責任を免れるものではない 1) 2) 。
1) 最高裁判昭和45年8月20日、高松高判昭和42年5月12日(裁判所裁判例情報)
2) 道路管理瑕疵研究会編集、第四次改訂版 道路管理瑕疵判例ハンドブック、ぎょうせい、2022年、P.137
参考) 改良は続く 県道久礼須崎線 [町歩き・須崎市](ノコシテオキタイ)
なお、「予算抗弁の排斥」については、次のような裁判例があり、予算的な制約を一切考慮しないとしているものではありません。
北海道縦貫自動車道キツネ衝突事故 (最高裁判平成22年3月2日)
○ 事故の概要
平成13年(2001)。 北海道縦貫自動車道で、キツネとの衝突を避けようとして自損事故を起こして停車中に、後続車に衝突されて死亡した。
○ 判決の要旨
走行中の自動車が道路に侵入したキツネ等の小動物と接触すること自体により自動車の運転者等が死傷するような事故が発生する危険性は高いものではない。 小動物の侵入を防ぐため、地面が掘られないようコンクリートを敷き、その上に隙間なく金網柵を設置する対策があるが、その対策が全国で広く採られていたという事情はうかがわれず、対策には多額の費用を要する。
通常は運転者が適切な運転操作を行うことにより死傷事故を回避することを期待できるうえ、動物注意の標識で適切な注意喚起がされていた。
このような事情の下においては、道路に設置又は管理の瑕疵があったとはいえない 1) 2) 。
1)最高裁判平成22年3月2日(裁判所裁判例情報)
2)道路管理瑕疵研究会編集、第四次改訂版 道路管理瑕疵判例ハンドブック、ぎょうせい、2022年、P.336
岐阜国道41号飛騨川バス転落事件
観光バスを直撃した『土石流の発生そのものが予知し得なかつたものであることは前記認定のとおりである』が、事故箇所を含む区間では土石流の『発生の危険およびこれを誘発せしめた集中豪雨は通常予測し得たものである』と判示し、広い範囲での『予見可能性』を認めました。
また、『本件土石流を防止することは、現在の科学技術の水準ではなかなか困難であつた』が、『事前規制その他の方法により、その目的を達し得た』と判示し、『回避可能性』を認め、道路管理に瑕疵があったとしました。
なお、この事故を契機に、道路防災総点検(落石等のおそれのある箇所の総点検)、雨量にもとづく事前通行規制、日本道路交通情報センターによる道路交通情報などが行われるようになりました。
岐阜国道41号飛騨川バス転落事件 (名古屋高判昭和49年11月20日)
○ 事故の背景
昭和43年(1968)。 国道41号は一次改築(道路構造令にあわせる改築で、舗装されセンターラインが引かれた道路になる)を終えたばかりの往復2車線の道路。
夕方に名古屋を出発して車内で仮眠を取り乗鞍岳で御来光を迎え飛騨高山を観光するバスツアーに、730人が参加しバス15台に分乗し移動中だった。 台風7号の影響でバスの走行中に雷雨注意報や警報が発令されたが、バス運転手らには伝わらなかった。 ツアーは激しい雷雨に遭遇し、休憩地で対向車の運転手から前方の道路状況が悪いと聞いて、ツアーを中止して名古屋に引き返す途中だった。
○ 事故の概要
異常豪雨のために前後を土砂崩れで閉鎖された車列が立ち往生していたところ、道路斜面にある沢の上方580mと650mから発生した土石流に観光バス2台が押し流され飛騨川に転落水没し、104名が死亡した。
○ 判決の要旨
災害をもたらす自然現象の発生の危険を定量的に表現して時期・場所・規模等において具体的に予知・予測することは困難であっても、集中豪雨などの際に土石流等が発生する危険があるという定性的要因が一応判明していて、その発生の危険が蓋然的に認められる場合であれば、これを通常予測し得るものといって妨げない。 その危険に対して道路の安全を確保する措置が講じられていなければ、道路管理に瑕疵があつたものといえる。
防護施設のみで安全を確保することは困難であるから、危険が認められる雨量時点で侵入を禁止する事前規制措置をとるべきである。
旅行主催者や運転手らは、危険性を判断し得る情報の取得手段がなかったので、過失があったとまで断定するのは酷である 1) 2) 。
1) 名古屋高判昭和49年11月20日(裁判所裁判例情報)
2) 道路管理瑕疵研究会編集、第四次改訂版 道路管理瑕疵判例ハンドブック、ぎょうせい、2022年、P.143
参考) 飛騨川バス転落事故(8月17日豪雨災害、1968年昭和43年、岐阜県 災害資料)
参考) 8.17豪雨災害およびバス転落事故について(地すべり Vol. 5(1968 - 1969) No. 2)
奈良県道工事中車両転落事件
『工事標識板、バリケード及び赤色灯標柱が道路上に倒れたまま放置されていたのであるから、道路の安全性に欠如があつたといわざるをえないが、それは夜間、しかも事故発生の直前に先行した他車によつて惹起されたものであり、時間的に被上告人において遅滞なくこれを原状に復し道路を安全良好な状態に保つことは不可能であつた』と判示し、『回避可能性』がないことから、道路の管理瑕疵がないとしました。
奈良県道工事中車両転落事件 (最高裁判昭和50年6月26日)
○ 事故の概要
昭和41年(1966)。 道路工事のために路面が掘削されていた県道で、午後10時半頃、走行中の自動車がバリケード等を発見しハンドル操作で避けようとして田圃に転落し、同乗者が死亡した。
工事現場には工事標識板、黒黄のバリケードと赤色灯標柱が設置してあったが、事故直前に他の自動車により倒され、赤色灯は消えていた。
○ 判決の要旨
工事標識板、バリケード及び赤色灯標柱が道路上に倒れたまま放置されていたのであるから、道路の安全性に欠如があった。
それは夜間、しかも事故発生の直前に先行した他車によって倒されたものであり、時間的に道路管理者がこれを原状に復し道路を安全良好な状態に保つことは不可能であったので、道路管理に瑕疵はなかった 1) 。
1) 最高裁判昭和50年6月26日(裁判所裁判例情報)
2) 道路管理瑕疵研究会編集、第四次改訂版 道路管理瑕疵判例ハンドブック、ぎょうせい、2022年、P.358
神戸市道防護柵不全児童転落事件
『営造物の設置又は管理に瑕疵があつたとみられるかどうかは、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきものである』とされました。
6歳の幼児が防護柵の上段手摺に後ろ向きに腰かけて遊ぶうちに誤って約4m下にある高等学校の校庭に転落したと推認されることは、『営造物の通常の用法に即しない行動』で、道路管理者が『通常予測することのできない行動』として、『予見可能性』の観点から瑕疵が否定されました。
神戸市道防護柵不全児童転落事件 (最高裁判昭和53年7月4日)
図表出典〕道路局 AHSに係る責任関係等に関する研究会
○ 事故の概要
昭和44年(1969)。 6才の幼児が自宅前の道路の防護柵で遊んでいたところ、柵を越えて4m下の高等学校の校庭に転落して負傷した。
(防護柵の上段手摺に後ろ向きに腰かけて遊ぶうちに誤って転落したと推認される。)
○ 判決の要旨
営造物の設置又は管理に瑕疵があったとみられるかどうかは、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきものである。
本件防護柵は、通行時における転落防止の目的からみればその安全性に欠けるところがない。
転落事故は、防護柵の手摺に腰かけて遊ぶという、道路管理者において通常予測することのできない行動に起因するものであった。
通常の用法に即しない行動の結果生じた事故につき、設置管理者としての責任を負うべき理由はない 1) 。
1) 最高裁判昭和53年7月4日、大阪高判昭和52年10月14日(裁判所裁判例情報)
2) 神戸市道防護柵不全児童転落事件(道路局 AHSに係る責任関係等に関する研究会)
3) 道路管理瑕疵研究会編集、第四次改訂版 道路管理瑕疵判例ハンドブック、ぎょうせい、2022年、P.309