舗装の陥没やくぼみ、路面の凸凹、舗装部と未舗装部や側溝などとの段差、マンホールなどの突出、融雪穴などにより、車が損傷したり、二輪車や自転車が転倒した事故や、歩行者の段差による事故などについて紹介しています。
あわせて、車道の穴ぼこを事例に、瑕疵の判断や相当因果関係、過失相殺について紹介するとともに、穴ぼこや段差に関する事故への対応実務も紹介しています。
〔目次〕
穴ぼこや段差に関する事故の概況
穴ぼこや段差に関する事故とは、舗装の陥没や剥離、舗装部と未舗装部や側溝などとの段差、マンホールなどの突出などにより、自動車が損傷したり、二輪車や自転車が転倒した事故などです。 歩道の段差などによって歩行者が転倒する事故も含まれます。
道路管理瑕疵が問われる事故としては最も多いパターンなので、日頃の道路管理での注意が必要です。 穴ぼこがあったとして必ずしも管理瑕疵にならないことや、被害者に前方を注視して運転する義務があるため、ほとんどの案件で過失相殺がされることを踏まえ、適切な状況把握が必要な事故です。
後段で、穴ぼこや段差に関する事故を事例に対応実務についても紹介しています。
管理瑕疵を問われたか否かを別として、資料に掲載されている裁判例をみると、次のようなパターンが見られます 1) 2) 3) 。
舗装のポットホール
写真出典〕Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/ファイル:Banbury%27s_Bretch_Hill_Pothole,_2010.png
穴ぼこに関連した事故は資料に78件が掲載されています。
そのうち4割の事故では、通常程度の凸凹だったり、通常の技術をもってすれば通行が容易であったり、事故と穴ぼこに因果関係がないという理由で管理瑕疵がないとされています。
管理瑕疵があるとされた案件では、多くが大幅な過失相殺がされています。
雪解けの時期に舗装に生じるポットホールという穴ぼこによる事故や、穴ぼこが多い悪路での事故が多くみられます。
応急補修が壊れたところでの事故や、わだち掘れが大きくなって車両の下部を損傷した事故もみられます。
マンホール周りの舗装劣化
写真出典〕当サイト撮影(R1.10)
マンホールなどの突出による段差や、横断構造物部の隆起、舗装と側溝や集水桝などとの段差、舗装部と非舗装部の間に生じた段差での事故は25件が掲載されています。
そのうち5割の事故では、通常程度の段差であるとか、事故と段差に因果関係がないという理由で管理瑕疵がないとされています。
管理瑕疵があるとされた案件では、全ての案件で過失相殺がされていて、その割合は4〜7割のものが多くあります。
なお、一部の事故は、路肩部分で起こった事故や側溝蓋などに関する事故に整理されています。
工事中の段差のすり付け部や仮復旧部、仮道での事故や、工事後の陥没による事故が34件掲載されています。
そのうち1/4の事故では、自動車の通行に支障がないとか、通常程度の凸凹であるという理由で管理瑕疵がないとされています。
管理瑕疵があるとされた案件のなかには、標識や照明、保安施設などの注意喚起措置が不十分だった案件がみられます。 4〜6割程度の過失相殺をされている案件が多くみられます。
歩行者が段差や穴ぼこで転んで怪我をした事故などの裁判例は26件が掲載されています。
そのうち2/3の事故で、注意していれば容易に気づくとか、通常程度のくぼみであるという理由で管理瑕疵がないとされています。
穴ぼこや段差による事故の管理瑕疵の有無
道路を管理する立場では、管理瑕疵を問われないために何cm以上の穴ぼこや段差を無くさなければならないのかという疑問がでてきます。 しかし、管理瑕疵の有無は『その事故当時における当該営造物の構造、用法、場所的環境、利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断する(神戸市道防護柵不全児童転落事件)』とされていて、その答えは見当たりません。
例えば、山間部の交通量の少ない中央部のみが簡易舗装された府道で、道路の端の舗装が剥がれてできた深さ10cmの穴ぼこで自転車が転倒した事故では、道路の整備の程度は「当該道路の位置、環境、交通状況等に応じ一般の通行に支障を及ぼさない程度で足りる」として「通行者の方で通常の注意をすれば容易に危険の発生を回避しうる程度の軽微な欠陥は道路の管理の瑕疵に該当しない」とされました(京都府道穴ぼこ自転車転倒事件)。
その他にも「交通事故の原因に直結するほどに危険な状態が生じていたとまではいえない(徳島市道段差原付転倒事件)」「とりたてて危険なものであったとはいえない(大阪府道集水桝段差自転車転倒事件)」などの理由で管理瑕疵がないとした裁判例が数多くあります。
京都府道穴ぼこ自転車転倒事件 (大阪高判昭和55年7月25日)
○ 事故の概要
昭和52年(1977)。 山間部の交通量の少ない中央部のみが簡易舗装された府道で、サイクリングをしていた中学生が反対側から来たバスとすれ違うために端に寄ったところ、簡易舗装が剥離して生じた穴ぼこ(長さ0.8m、幅0.3m、深さ0.1m)でバランスを失って転倒し、バスに轢かれて死亡した。
○ 判決の要旨
道路の管理の瑕疵とは、道路がその用途に応じ通常備えるべき安全性を欠いている状態をいうのであるが、常に道路を完全無欠の状態にしておかなければ管理に瑕疵があるというものではなく、その整備すべき程度は、当該道路の位置、環境、交通状況等に応じ一般の通行に支障を及ぼさない程度で足りる。 通行者の方で通常の注意をすれば容易に危険の発生を回避しうる程度の軽微な欠陥は道路の管理の瑕疵に該当しない。
中央部が簡易舗装をされていたにすぎない道路では、通行者が道路の端のくぼみに注意して通行する義務がある。 このくぼみの存在は、通行者の方で通常の注意をすれば容易に危険の発生を回避しうる軽微な欠陥の範囲を出るものではなく、国家賠償法2条1項にいう道路の管理の瑕疵に該当しない 1) 2) 。
1) 京都府道穴ぼこ自転車転倒事件(裁判所裁判例情報)
2) 道路管理瑕疵研究会編集、第四次改訂版 道路管理瑕疵判例ハンドブック、ぎょうせい、2022年、P.17
徳島市道段差原付転倒事件 (徳島地判平成19年10月11日)
3cm程度のくぼみ
○ 事故の概要
平成17年(2005)。 非市街地の市道の、横断する埋設された用水路の前後に3cm程度のくぼみが生じていた箇所で、原付自転車が転倒し負傷した。
○ 判決の要旨
道路に生じていた危険状態は比較的軽微であり、これによって、二輪車の交通事故の原因に直結するほどに危険な状態が生じていたとまではいえず、道路の管理に瑕疵があったとはいえない 1) 2) 。
1) 訴訟事例紹介 原動機付自転車が道路に生じていた隆起部分によって転倒した事故について、道路管理瑕疵が争われた事例(道路行政セミナー 2009.7)
2) 道路管理瑕疵研究会編集、第四次改訂版 道路管理瑕疵判例ハンドブック、ぎょうせい、2022年、P.40
大阪府道集水桝段差自転車転倒事件 (大阪高判平成28年4月20日)
○ 事故の概要
平成22年(2010)。自転車で走行中、集水枡の上で転倒し負傷した。 集水桝とアスファルトとの間には最大2cmの段差があり、集水桝に向け1mで8.2cmの傾斜がついていた。
○ 判決の要旨
大きな傾斜もなく、段差も2cmにも満たないことから、とりたてて危険なものであったとはいえず、通常有すべき安全性を欠いていたとはいえない 1) 2) 。
1) 訴訟事例紹介 自転車で走行中に、集水枡の上で転倒し傷害を負った事故について、道路の設置・管理瑕疵が争われた事例(道路行政セミナー 2017.12)
2) 道路管理瑕疵研究会編集、第四次改訂版 道路管理瑕疵判例ハンドブック、ぎょうせい、2022年、P.56
予見可能性、回避可能性等
予見可能性や回避可能性がないために管理瑕疵がないと判断されているものがあります。
穴ぼこや段差による事故としては、震災後の道路陥没による事故で、道路陥没を予見することができず管理瑕疵がないという裁判例があります(本宮市道穴ぼこ貨物自動車損傷事件)。 圧雪が剥離して生じた穴による事故で、圧雪の剥離から事故までの時間が短いことから、回避可能性がなく管理瑕疵がないという裁判例があります(北海道国道275号道路陥没衝突事件)。 期待可能性から管理瑕疵がないとされた裁判例もあります(市道融雪による陥没穴の車両損傷事件)。
本宮市道穴ぼこ貨物自動車損傷事件 (福島地郡山支判平成26年6月20日)
○ 事故の概要
平成23年(2011)。 貨物自動車が走行中、突然、道路が陥没し車両が損傷した。
東日本大震災で、市内では震度6弱を観測し多数の道路が損壊した。 事故はその3週間後で、余震が継続するなか、市は随時、パトロール、点検調査、応急措置等を行っていた。
○ 判決の要旨
突然、道路が陥没し車両が落ち込み損傷したので、道路が通常有すべき安全性を欠いていた。
震災後、道路陥没が多数発生しており、事故現場でも同様の危険性が予見できたが、それ以上に陥没の原因となる事象を知り得なかった。 陥没を予見できず、回避可能性がなかったため、管理の瑕疵があったとはいえない 1) 2) 。
1) 道路管理瑕疵研究会編集、第四次改訂版 道路管理瑕疵判例ハンドブック、ぎょうせい、2022年、P.53
2) 長尾英彦、陥没した道路における事故 (続)(中京法学50巻3・4号)
北海道国道275号道路陥没衝突事件 (札幌高判昭和54年8月29日)
○ 事故の概要
昭和48年(1973)。 貨物自動車で国道を走行中、圧雪が剥離した穴(長さ4.5m、幅2.4m、深さ約20cm)に落ちて意識を失い、対向車に衝突して負傷した。
○ 判決の要旨
圧雪の剥離から事故発生までの時間が極めてわずかしかなかったことに照らせば、管理に瑕疵があったとはいえない 1) 。
1) 道路管理瑕疵研究会編集、第四次改訂版 道路管理瑕疵判例ハンドブック、ぎょうせい、2022年、P.16
市道融雪による陥没穴の車両損傷事件 (釧路地判平成22年8月10日)
○ 事故の概要
平成22年(2010)。 除雪計画で最小限の圧雪厚に止めることにしていた生活道路の中央部に、融雪による陥没穴(幅2.9m、最短位の長さ1.6m、深さ26〜27cm、内部に溜まっていた水の深さ13cm)が事故当日に発生し、自動車が前輪を落として車両が損傷した。
○ 判決の要旨
陥没穴を長期間にわたって放置していたものではない。 陥没穴にかかっていない部分が陥没穴の南側に2.8mの幅で存在することや、前照灯で前方40mの障害物を確認できることから、陥没穴を回避して走行させることは可能であった。
本件道路に本件陥没穴が存在し、他方、通行止め等の通行規制は実施されておらず、通行者に注意を促す表示等もなされていなかったからといって、本件道路が通常有すべき安全性を欠いていたとまでいうことはできず、本件道路に設置又は管理の瑕疵があったとはいえない 1) 。
1) 訴訟事例紹介 夜間に普通自動車が走行中、融雪による陥没穴に前輪が滑落し、車両が損傷した事故について、道路の管理瑕疵が争われた事例(道路行政セミナー 2012.2)
相当因果関係
相当因果関係とは、諸説ありますが「加害者の行為から被害者の損害が生じることが、通常予測できる関係にあること」をいいます。
相当因果関係がない損害は賠償義務がありません(民法第416条)。 例えば、穴ぼこに落輪したために車のコントロールを失ったものの、その後の衝突事故の原因は無謀運転と運転技術の未熟によるものとして、管理瑕疵と事故との間の相当因果関係を認めなかった判決や(北海道国道229号路肩穴ぼこ事件)、被害者が相当因果関係を立証できなかったため賠償責任がないとされた判決があります(丸亀市道舗装剥離自転車転倒事件)。
また、補償の対象となる損害額は相当因果関係がある費用に限られます(市道轍掘れによる車両底部損傷事件)。
北海道国道229号路肩穴ぼこ事件 (最高裁判昭和55年6月16日、札幌高判昭和54年4月26日)
○ 事故の概要
昭和50年(1975)。 上下2車線の国道で、貨物自動車を追い越すため70km/hで対向車線上にでた軽四輪が、車道から路肩にかけてあった水の溜まった窪地(幅1.3m、長さ1.4m、深さ10〜15cm)に右側の車輪を落とし、制御を失って道路脇の電柱に激突し、同乗者が死亡した。
○ 判決の要旨
本件窪地の存在する路肩部分は、道路としての安全性を欠くに至っていたのに補修工事を講じなかったのであるから、道路の管理に瑕疵があった。
運転者は窪地に落輪の後、ハンドル操作の自由を失い、かつ減速措置をとることも忘れ、そのまま67.8m右左に逸走させ、車の左前部を道路外の電柱に激突させた。 本件事故は、無謀な運転と運転技術の未熟によるものであって、窪地の存在という道路の管理の瑕疵と本件事故との間には法律上相当とする因果関係はない 1) 2) 。
1) 道路管理瑕疵研究会編集、第四次改訂版 道路管理瑕疵判例ハンドブック、ぎょうせい、2022年、P.203
2) 札幌高判昭和54年4月26日(道路局 AHSに係る責任関係等に関する研究会)
丸亀市道舗装剥離自転車転倒事件 (高松地丸亀支判平成8年10月29日)
○ 事故の概要
平成6年(1994)。 幅員6.4mのアスファルト舗装道路で、表層剥離により2か所に陥没(幅1m、長さ2m、深さ約2cm)があった。 自転車が陥没を避けるため中央よりを走行したところ、後方から走行してきた貨物自動車に轢過されて死亡した。
○ 判決の要旨
表層剥離の存在と本件事件との間に相当因果関係があることを認めるに足りる証拠がなく、道路管理者に事故の責任を分担させるべきものではない。
(車両運転者、同所有者は有責) 1)
1) 道路管理瑕疵研究会編集、第四次改訂版 道路管理瑕疵判例ハンドブック、ぎょうせい、2022年、P.30
市道轍掘れによる車両底部損傷事件 (福岡地判平成29年11月9日)
○ 事故の概要
平成26年(2014)。 地上高約8.5pの乗用車で都市部の片側3車線の道路を走行中、信号で停止しようと徐行した際に高低差(最大値)約70〜80oのわだち掘れに車両底部が接触した。
○ 判決の要旨
道路運送車両の保安基準で自動車の最低地上高は9p(特定の場合は5cm)とされており、本件わだち掘れは道路運送車両の保安基準を満たした自動車の底部との接触は免れない程度のもので、公の営造物として通常有すべき安全性を欠いていた。
自動車の運転者が、少なくとも都市部にある整備された道路を走行するに当たり、その路面を注視してわだち掘れの有無について注意を払いながら運転しなければならない義務を負っているとも解し難いので、過失相殺はしない 1) 。
項目 | 原告の主張 | 判決 | 理由 |
---|---|---|---|
車両修理費用 | 385,074円 | 50,760円 | 本件事故と相当因果関係のある車両修理費用は、 擦過痕が生じたアンダーカバーの取替等に限られる。 |
代車使用料 | 6,480,000円 | 280,000円 | 高級外車を代車とする必要性が明らかでなく、 修理に要した期間は一般的な期間とみるのが相当である。 |
弁護士費用 | 686,507円 | 33,000円 | 本件事案の内容、審理の経過及び原告の損害額等に照らす。 |
損害額合計 | 7,551,581円 | 363,760円 |
1) 訴訟事例紹介 道路の轍掘れによってアスファルトの路面が隆起し、車両の地上高が一般の乗用車と比較して低い外国製の乗用車が損傷した事故について、道路の管理の瑕疵等が争われた事例(道路行政セミナー 2019.9)
過失相殺
道路に管理瑕疵があったとしても、穴ぼこや段差による事故の場合には、車両の運転者にも注意義務があるため(道路交通法 第70条)、道路管理者と被害者の双方に落ち度があるのが一般的です。 例えば、他の通行車が危険を回避して通行しているなかで1件だけ事故が起きたというような場合は、被害者が通常の注意か、より多くの注意を払っていれば事故は回避されていたと考えられます。
双方に落ち度があるときは「過失相殺」によって、過失の割合に応じて補償金を減らします。 過失相殺の割合は裁判で個別に判断されるものなので一概に言えませんが、舗装の劣化や舗装剥離による事故では、被害者が注意義務を果たしていなかったとして5割前後の過失相殺が行われている裁判例が多くあります(兵庫県道ロードバイク穴ぼこ転倒事件、京都市道穴ぼこ自動二輪車転倒事件)。
一般的な注意義務に加えて、警戒標識が設置されていたり、普段から通っていて悪路と知っていたり、スピードを出しすぎていたというような場合は、より大きな過失相殺が行われ、7〜9割の過失相殺をした裁判例もあります(熊本国道445号自動二輪車段差転倒事件、川口市道穴ぼこ単車転倒事件)。
示談の場合、過失相殺の割合は道路管理者が類似事例などを参考に提案しますが、折り合わない場合には被害者が訴訟を起こして裁判で決めることになります。
兵庫県道ロードバイク穴ぼこ転倒事件 (神戸地判平成24年3月13日)
○ 事故の概要
平成22年(2010)。 ロードレース用の自転車で県道を走行中、穴ぼこ(95p×41p×深さ6.4p)に自転車の前輪を落としハンドルを取られて転倒して負傷した。
○ 判決の要旨
本件道路は山岳道路であるが休日には1000台以上の自動車、20台以上の自転車が走行する、路面全体が舗装された道路であり、穴ぼこが存在することは考えにくいことなどから、本件道路は通常有すべき安全性を欠いていて道路の設置又は管理の瑕疵がある。
被害者は、前方を注視することにより穴ぼこの存在に気づくことが可能で、穴ぼこを避けるか、転倒しないように低速で走行することができたため、過失割合は50%とする 1) 2) 。
1) 道路管理瑕疵研究会編集、第四次改訂版 道路管理瑕疵判例ハンドブック、ぎょうせい、2022年、P.45
2) 訴訟事例紹介 ロードレース用自転車で山間部を走行中、道路上にある穴ぼこによって転倒した事故について、道路の管理瑕疵が争われた事例(道路行政セミナー 2013.5)
京都市道穴ぼこ自動二輪車転倒事件 (京都地判平成31年1月30日)
○ 事故の概要
平成26年(2014)。 自動二輪車で市道を通行中、穴ぼこ(長さ65cm,幅50cm,深さ6.5cm)に前輪がはまり転倒し、負傷した。
○ 判決の要旨
穴ぼこが存在していたことについて、道路の管理に瑕疵があった。
穴ぼこを回避しなかった被害者には前方不注視の過失があるので、4割の過失相殺をする 1) 2) 。
1) 道路管理瑕疵研究会編集、第四次改訂版 道路管理瑕疵判例ハンドブック、ぎょうせい、2022年、P.60
2) 京都地判平成31年1月30日(裁判所裁判例情報)
熊本国道445号自動二輪車段差転倒事件 (熊本地判平成26年1月31日)
○ 事故の概要
平成18年(2006)。 自動二輪車で走行中、くぼみ(段差1:長さ約7m、深さ約13cm、段差2:長さ約9m、深さ約14cm)にハンドルをとられ転倒、負傷した。
○ 判決の要旨
くぼみは道路の中央付近に生じており危険が生じる可能性があるうえ、注意喚起も行われていなかったことから、設置又は管理に瑕疵があった。
被害者は、くぼみを避けて通ることが可能で、規格に沿ったフルフェイス型のヘルメットを装着していれば重篤な傷害が生じることを相当程度防ぐことが可能であったことから、過失相殺を8割とする 1) 。
1) 道路管理瑕疵研究会編集、第四次改訂版 道路管理瑕疵判例ハンドブック、ぎょうせい、2022年、P.51
川口市道穴ぼこ単車転倒事件 (浦和地越谷支判昭和52年8月15日)
○ 事故の概要
昭和50年(1975)。 原付自転車で市道を走行中、穴ぼこ(横2.5m、幅2m、深さ5cm)に落輪して転倒し、死亡した。
○ 判決の要旨
本件のような穴ばこが存在することは、通常備えるべき安全性を欠く。 破損個所を修繕するか、付近に標識を掲げて通行車両の徐行を促す等の措置を講じるべきであった。
被害者には、前方不注視、かなりの速度で進行したことの過失があり、損害額の7割程度を減額控除する 1) 。
1) 道路管理瑕疵研究会編集、改訂版 道路管理瑕疵判例ハンドブック、ぎょうせい、2003年、P.31
歩行者の穴ぼこや段差による事故
歩行者が段差や穴ぼこで転んで怪我をした事故のうち、繁華でない一般的な場所の事故では、「通常の注意を払っていれば危険はない(東京都道歩道窪み歩行者転倒事件、羽島市道側溝段差転倒事件)」などの理由で、裁判例の8割で管理瑕疵がないとされています。
ターミナル駅の駅前などの繁華な場所では管理瑕疵を認めている判例が多くあるものの、大幅な過失相殺がされています(京都市道歩道段差歩行者転倒事件、歩行者横断歩道くぼみ転倒事件)。
東京都道歩道窪み歩行者転倒事件 (東京地判平成8年3月12日)
○ 事故の概要
平成3年(1991)。 午後9時半頃、歩行者が歩道を通行中にアスファルトの窪み(最大直径1.1m、最小0.45mの楕円形で最深部7cm)に足を取られて転倒し負傷した。
○ 判決の要旨
窪みは、深さが堆積した土砂の存在により5cmより浅く楕円形であったことから、ごく浅い極めて緩やかな斜面をもつ比較的広い範囲にわたる窪みであったと考えられる。 一般の歩行者が通常の注意を払って歩いている限り危険は考えがたいため、管理瑕疵を認めることはできない 1) 。
1) 道路管理瑕疵研究会編集、第四次改訂版 道路管理瑕疵判例ハンドブック、ぎょうせい、2022年、P.29
羽島市道側溝段差転倒事件 (岐阜地判平成19年11月12日)
○ 事故の概要
平成16年(2004)。 市道の側溝をまたいで停車していた自動車を自己の駐車場内に入れるため、後方から運転席に近づいた際、側溝蓋の2.5cm〜3cmの段差につまずいて転倒し負傷した。
○ 判決の要旨
この程度の高低差は通常の道路においても頻繁に見受けられるもので、通常一般の歩行者が相応の注意を払っていてもなお本件段差につまずいて転倒するような危険があったとまでは考えられないので、設置又は管理の瑕疵があったということはできない 1) 2) 。
1) 道路管理瑕疵研究会編集、第四次改訂版 道路管理瑕疵判例ハンドブック、ぎょうせい、2022年、P.41
2) 側溝蓋の段差につまづき転倒、負傷した事故について道路管理瑕疵が争われた事例(道路行政セミナー 2008.12)
京都市道歩道段差歩行者転倒事件 (大阪高判平成14年7月23日)
○ 事故の概要
平成10年(1998)。 信用金庫本店前の歩道で、横断する暗渠化した排水路の鉄蓋と歩道との間に生じていた4cmの段差に、歩行者が躓いて負傷した。
○ 判決の要旨
交通量が少なくない歩道の中央部の段差は、4cm程度であっても歩行者が躓き怪我をする可能性は相当程度あり、道路として通常有すべき安全性を欠いていた。
歩行者に前方不注視の過失があるため5割の過失相殺をする 1) 2)。
1) 道路管理瑕疵研究会編集、第四次改訂版 道路管理瑕疵判例ハンドブック、ぎょうせい、2022年、P.36
2) 訴訟事例紹介 京都市歩道段差転倒事故損害賠償請求事件(道路行政セミナー 2003.2)
歩行者横断歩道くぼみ転倒事件 (熊本地判平成28年11月24日)
○ 事故の概要
平成27年(2015)。 市中心部のバスターミナル付近の横断歩道を渡った歩行者が、くぼみ(直径40cm、深さ2.47cm)につまずき、足首を負傷した。
○ 判決の要旨
くぼみは通行の安全性を害する。
小走りで路面への注意がないがしろになってつまずいたので、8割5分の過失相殺をする。
1) 訴訟事例紹介 道路の横断歩道上のポットホールに躓いて負傷した事故について、国家賠償法2条1項に基づき損害賠償請求がなされた事例(道路行政セミナー 2020.9)
穴ぼこや段差に関する事故への対応実務
事故の未然防止策
道路緊急ダイヤル
資料出典〕国土交通省HP
段差や穴ぼこに関する事故の未然防止を図るため、次の様な取り組みが行われています。
- 道路パトロール
- 住民からの情報提供
(国土交通省は道路緊急ダイヤル(#9910)、自治体は市報やホームページで情報提供の呼びかけを行ったり、地域の代表者などから情報を得たりしています) - 路面下の空洞の調査など
(老朽化した下水道管が多い自治体など)
陥没や段差の発生時の安全措置
危険を知らせるコーンの設置
写真出典〕大分県中津土木事務所HP
事故の有無にかかわらず、道路に穴ぼこや段差が生じて「通常有すべき安全性」を欠いた場合、補修するか、常温合材を用いた応急復旧などが必要です。
直ちに補修ができない場合は、「段差注意」「徐行」等の標識や赤色灯などを置いて注意を促したり、セーフティコーンなどで変状箇所を囲う措置などをします。
事故時の状況把握の目的
管理瑕疵が疑われる事故の連絡を受けたときは、事故者からのヒアリングや事故現場の確認、二次災害の防止措置を行います。
次のことを踏まえて、事故者からのヒアリングや現場確認をします。
- 管理瑕疵の有無
- 管理瑕疵と事故との間の相当因果関係
(管理瑕疵と事故の発生との間に因果関係がなければ賠償はされません。) - 損害額の相当因果関係
(賠償の対象となる金額は、被害者が主張する金額のうち、事故と相当の因果関係があるものに限られます。 必要性や相当性が認められないものは賠償の対象から除かれます。) - 過失相殺の理由
(事故者に前方不注意などの過失がある場合は、道路管理者の過失と事故者の過失の割合を事例などを参考に定めます。)
状況に応じては、予見可能性、回避可能性、期待可能性についての状況把握をすることもあります。
把握した状況は、賠償の要否や額の決定、議会議決などの際に説明できるよう、記録することが必要です。
現場調査やヒアリングの協力が得られないときも、「日当を要求された」とか「穴は役所で探せと主張された」とか「○○について質問したが、答える必要はないと言われた」等の状況を記録しておきます。
事故者からのヒアリング
事故者からのヒアリングは、可能な限り現地で立ち会って行い記録に残します。 ヒアリング項目の事例を下記に示します。
- 事故の発生時刻
- 事故の発生場所
- 事故者の氏名、住所、電話、職業
- 発生した損害の状況
(人的被害の場合は病名や病院名、物的損害の場合は車両名や損傷の状況) - 事故に至るまでの状況
(事故現場に至る走行ルートなど) - 事故の状況
(事故者からのヒアリングと、車体の傷の状況の写真)
(他の車が穴ぼこや段差を避けていて、その車だけが事故を起こした場合は、不案内な道だったとか、事故時に暗かったとか、ヘッドライトを点けていなかったとか、水溜りがあったとか、スピードを出していたとか、小さな穴ぼこだから避けなくても良いと思ったなど、過失相殺に影響する状況を確認します) - 同乗者や同行者、目撃者などの有無
- 警察へ事故の届け出がなされているかの確認
事故者のなかには、請求すればすぐにその金額が貰えると思っている方もいます。 管理瑕疵がなければ支払いができないこと、過失相殺などがあること、それらを決めるために相当の時間を要することの説明が必要です。 一般に、支払いまでは事故者の協力が得られて業務が順調に進んだとしても数ヶ月単位での時間が必要です。 請求の内容や方法が違法だったり不当だったりするときには、警察や暴力追放センターなどとの連携が必要となる場合もあります。
安全措置と現地での確認事項
現場確認と同時に、取り急ぎ、誘導棒、セーフティコーン、道路パトロールカーなどを用いて二次被害の防止に努めた上で、応急措置を行います。
現場の写真は、次のようなものが必要です。 応急措置をするときは、応急措置前に写真を撮ります。
- 事故の原因となった穴ぼこ (大きさや深さが解るようにスケールをあてて写真に撮る)
- 事故者の説明や車の損傷を補う現場周辺の状況写真
- 事故に影響を及ぼしたであろう現場周辺の環境があるときは、その状況
- 事故現場までのルートに「段差注意」などの注意喚起の標識があったり、もともと凸凹の道路あれば、その状況
帰庁後に確認する事項としては次のようなものがあります。
- 直近のパトロールの時期と、その時の状況
- 穴ぼこなどに係る補修履歴
賠償の要否や額の決定
多くの自治体には、合議で損害賠償の要否や額を決める仕組みがあります。 それらの仕組みを使って事実関係を報告して賠償の要否や額を決めます。
事故証明書や診断書の提出には費用がかかるため、補償対象となってから求めることも多いようです。
法律上の助言が必要なときに弁護士に相談したり、自動車の損害が大きく車両の時価を損害額とする際に日本自動車査定協会に委託して価格評価を得たり、著しく高額な修理見積もりに対して損害保険協会の技術アジャスターに委託して車両鑑定を行った事例もあるようです。
示談交渉
管理瑕疵があると判断され過失割合が決まった後に、事故者と示談交渉を行います。
自治体が道路賠償責任保険などに加入している場合は、示談交渉の前に保険会社への連絡が必要で、補償する損害額の範囲や過失割合などについてのサポートが受けられます。
議会議決・専決処分
自治体が損害賠償をするときは、議会の議決が必要です(地方自治法 第96条第1項13号)。 補償額が低く首長が専決処分をできるときでも、議会に専決処分の報告が必要で、議会ではその質疑ができます(地方自治法 第180条)。 どのレベルの報告を求めるかは議会が決めることなので、過去の事例を踏まえて報告します。
議会への専決処分の報告例
報告第2号
地方自治法第180条の規定による専決処分の報告について
地方自治法(昭和22年法律第67号)第180条第1項の規定により、別紙専決処分書のとおり処分したので、同条第2項の規定により報告する。
令和3年3月17日 提出 安曇野市長 宮澤 宗弘
(別紙) 専決処分書
安曇野市明科七貴8410番地先の市道明科1110号線における事故に係る損害賠償について、地方自治法(昭和22年法律第67号)第180条第1項の規定により、次のとおり専決処分する。
令和3年2月19日 安曇野市長 宮澤 宗弘
1 和解の相手方
住所 東京都中央区銀座2丁目16-10
氏名 ヤマト運輸株式会社
2 事故の概要
令和2年12月23日、損害賠償請求者の会社の従業員が運転する軽貨物自動車が、市道の横断側溝の上を前輪が通過した際、グレーチングが跳ね上がり、トランスミッションが破損したものである。
3 和解の内容
本事故の原因は、道路管理者の安全管理不備によるため安曇野市の過失を100%とする。
よって、安曇野市は損害賠償請求者に対し、損害の解決金として135,289円を賠償するものとする。
なお、本件示談に関し、安曇野市と損害賠償請求者との間には、損害賠償金以外一切の債権債務がないことを相互に確認した。
裁判
賠償しないことへの不服、賠償範囲への不服、過失相殺の割合への不服などから示談交渉が成立しなかったとき、事故者が提訴すると裁判に移行します。
裁判における道路管理者の主張は、折衝記録や、賠償の要否や額の決定の際の説明資料、議会議決のための想定問答などを弁護士等に法律上の争点に沿って整理して貰います。
道路管理の担当者には、次のような業務が生じる一方、判決により損害賠償を行う際には議会の議決の必要がなくなります。
原告の主張への反論 ‥‥原告の主張を、知らないこと、認めること、否認することに分けて、否認することについてその理由をまとめます。証人尋問 ‥‥争点の整理が進んだときに、あらかじめ弁護士等と話すことをまとめた陳述書を作成し、双方の弁護士等と合計1時間程度の質疑応答を行うことが多いようです。国土交通省への報告 1) ‥‥道路管理者の主張などについてアドバイスを貰える事もあるそうです。
- 道路等の設置又は管理の瑕疵にかかる事故の事務処理要綱(川崎市役所)
- 道路管理事務等担当職員による論稿紹介(第1回) 道路管理瑕疵に伴う国家賠償について −請求事案の分析と事務処理上の改善点−(道路行政セミナー 2014.1)
- 平成27年度 浜松市包括外部監査結果報告書 第7 4 管理瑕疵(静岡県 浜松市役所)
- 平成22年6月16日 定例会(第2回)(損害賠償の過失相殺が適切におこなわれているかの質疑、河内長野市議会 会議録)
1) 道路の設置又は管理の瑕疵に起因する事故及び損害賠償請求訴訟の報告について(昭和50年1月20日道路局路政課長通達、国土交通省 告示・通達一覧)