中央大橋

(兜の鍬形をイメージした塔の斜張橋)

 中央大橋は都道上野月島線が隅田川を渡る橋で、平成5年に架けられた斜張橋です。 「兜の鍬形」をイメージした塔で、橋上にはブロンズ像があります。

中央大橋の諸元等

中央大橋

中央大橋

図表出典〕東京都、東京都の橋、2005、P.15

 中央大橋(ちゅうおうおおはし)は、都道上野月島線(うえのつきしません)が隅田川を渡る橋です 1)

  • 橋梁名 ‥ 中央大橋
  • 道路名 ‥ 特例都道463号上野月島線(補助第305号線)
  • 所在地 ‥ 東京都中央区新川(しんかわ)二〜中央区佃(つくだ)
  • 開通年月日 ‥ 平成5年(1993)8月26日
  • 橋長×幅員 ‥ 210.7m×25.0m
  • 型式 ‥‥ 2径間連続鋼斜張橋

中央大橋の建設

中央大橋の橋上

中央大橋の橋上

写真出典〕当サイト撮影(H30.2)

 大川端(おおかわばた)リバーシティ21開発事業として、佃島(つくだじま)の工場跡地が3,934戸の住宅などに開発された際に、関連して東京駅から中央大橋で隅田川を渡りリバーシティ21の中を貫く補助第305号線が整備されました 1)

 中央大橋は、2径間連続鋼斜張橋(しゃちょうきょう)で、優雅にカーブを描く橋桁を「兜の鍬形」をイメージした塔から伸びたワイヤーロープが支えています 2)

 『張出しバルコニーやモニュメントを設置するなど、構造の美しさに加え、川沿いの景観が楽しめる、これからの新しい橋づくりのモデルの一つ 3)』とされ、橋上には隅田川とセーヌ川が友好河川となったことを記念してパリ市から送られたブロンズ像が置かれているなど 2) 4)、都市景観やデザインにも配慮された橋です。

大川端リバーシティ21開発事業

 月島地区で行われた大川端リバーシティ21開発事業は、東京駅八重洲口から約2kmの工場や倉庫が多かった地域に、都心にアクセスしやすいタワーマンションを建てた、ウォーターフロント開発の先駆けとなった開発事業です。

〇 整備前の概況

 高度成長期に、都心部では業務機能の集積がすすみ夜間人口が減少する都心部過疎化の問題が生じ、隅田川流域では、倉庫・工場施設の遊休化がすすんでいました。

 中央区の再開発審議会は、昭和47年(1972)に、再開発により定住人口の回復と住宅の供給促進を図る「大川端作戦」を提唱していました。

 石川島では、黒船が来航した嘉永6年(1853)に幕府が水戸藩に命じて開設させた造船所が大工場化していましたが、昭和54年(1979)に江東区豊洲に移転しました。

 工場跡地は日本住宅公団や三井不動産が取得し、「大川端地区特定住宅市街地総合整備促進事業」として、建設大臣の承認も得て、東京都の長期計画にも位置づけられる開発が行われました 1) 2)

〇 開発の概要

River City21全体模型(計画時点)

River City21全体模型(計画時点)

写真出典〕UR都市機構HP

http://www.ur-net.go.jp/toshisaisei/urbanr/pdf2/ookawabata.pdf

 大川端リバーシティ21は、高層住宅8棟など住宅3,934戸、佃島小学校、佃中学校などを整備する計画で、用途地域や容積率の都市計画変更の際に、道路や河川、公園の都市計画決定も行われました。

 補助第305号線は中央大橋を経て東京駅の八重洲口に繋がる道路で、リバーシティの中は幅員22〜25mで、そのうち14mは歩道として整備されました。

 河川は、隅田川の河口に突出した象徴的な場所に位置する特性を生かし、水辺まで近づける親水空間を創出するため、河川事業で直立の防潮堤がスーパー堤防に改築され、河岸には石川島公園が整備されました。

 有楽町線の月島駅が開業した昭和63年(1978)に一部の入居が始まり、最後の住宅入居は平成12年(2000)でした 1) 2) 3)