言問橋

(公園からの眺望に調和し、橋からも景色が見やすい橋)

 言問橋は言問通りが隅田川を渡る橋で、関東大震災の復興で架けられました。 両岸が復興公園の隅田公園のため、公園からの眺望に調和し、橋からも景色が見やすい、当時国内の鈑桁橋で最も支間が長い橋として架けられました。

 東京大空襲では多くの方が亡くなられました。

〔目次〕

言問橋

言問橋

写真出典〕当サイト撮影(H30.2)

言問橋の諸元等

言問橋

言問橋

図表出典〕東京都、東京都の橋、2005、P.15

 言問橋(ことといばし)は、言問通り(国道6号)が隅田川(すみだがわ)を渡る橋で、関東大震災の復興事業で内務省復興局が新設し、国土交通省が管理している3径間ゲルバー鈑桁橋です 1)

  • 橋梁名 ‥ 言問橋
  • 道路名 ‥ 言問通り(国道6号、環状第3号線)
  • 所在地 ‥ 東京都台東区花川戸(はなかわど)二〜墨田区向島(むこうじま)
  • 開通年月日 ‥ 昭和3年(1928)2月10日
  • 橋長×幅員 ‥ 236.6m×22.0m
  • 型式 ‥‥ 3径間ゲルバー鈑桁橋

言問橋の建設

言問橋のゲルバー部の写真

言問橋のゲルバー部

写真出典〕当サイト撮影(H30.2)

言問橋の橋上の歩道

言問橋の歩道

写真出典〕当サイト撮影(H30.2)

 言問橋は、関東大震災の復興計画で現在の環状第3号線にあたる道路が新たに計画されたために新設された橋です。 両岸には震災復興三大公園のひとつである隅田公園が造られるため、公園からの眺望に調和し、橋からも川や両岸の公園の景色が見られる橋とすることが必要でした。 アーチ橋などで趣を沿えることは地盤が良くないために難しいことから、鈑桁橋が選ばれました。

 両岸の公園の地盤高が低いことから、渡河橋の両側に橋長33.2mの3径間の鈑桁橋が接続しています。 基礎は永代橋で技術輸入をしたニューマチックケーソン基礎を復興局の直営で造り、橋脚や橋台は鉄筋コンクリートに花崗岩を張って仕上げています。 上部工は、当時、鈑桁として国内では前例がない中央支間67.2mの3径間ゲルバー鈑桁橋で、日本三大鋼ゲルバー橋のひとつと言われました 1) 2) 3)

文化的意義

 言問橋は都選定歴史的建造物に選定されており、その概要は『帝都復興計画で初めて架設された。直線的で力強いデザインが特徴。橋上内外の眺望と景観を考慮して設計された』とされています 1)

 景観デザインとしては『当時のドイツ最新技術である長径間鈑桁構造を採用。』『川端康成が「隅田川の六大橋のうちで、清洲橋が曲線の美しさとすれば、言問橋は直線の美しさなのだ。」と語る。』との評価も受けています 2)

東京大空襲と言問橋

 平成4年(1992)の改修まで使われていた言問橋の欄干と縁石が、両国の江戸東京博物館に展示されています。 墨田公園にも縁石が展示されています。

江戸東京博物館の説明 (抜粋)

 1945年(昭和20)3月10日未明の東京大空襲の際、浅草方面から向島方面へ避難しようとする人びとと、その反対側に渡ろうとする人びとが橋上で交叉し、身動きがとれない状態となった。人だけでなく、荷車やリヤカーも通行を妨げた。そこへ火が燃え移り、橋上はたちまち大火炎に包まれた。橋上では逃げるすべもなく、多くの市民が焼死した。